2006年6月20日

あぁ,神様

しつこいようですがクロアチア戦.

神懸った川口の活躍で
引き分けに終わりました.

あのPKのときは
もうそりゃそんじょそこらの
牧師やら神父やらがけつまくって
逃げ出す勢いで祈りを捧げたものです.

とはいえ,別に僕は
キリスト教徒ではありません.

トロント時代に熱烈な誘いを受けましたが
Noといえる日本人を目指していたために
常に断り続けたのです.

ちなみに困ったときは,神様だろうが
仏様だろうが悪魔だろうがなんにだって
祈りを捧げるご都合主義の人間です.

あのPKのときは何に祈っていたかといえば
普通に川口本人に祈りを捧げていました.
川口頼む!!といった感じです.

なので,PKをとめたとき
川口に感謝こそすれど,別に神様に
感謝したわけではありません.

ていうか,川口が現人神なのです.

…この発言はまずそうなので
やっぱなかったことにしてください.

川口が現人神とはいいすぎですが
クロアチア戦の川口は神懸っていました.

これは間違いありません.

さて,ここで川口が神懸ると書きましたが
このときの神ってのはいったいなんなんでしょうか.

困ったときは,広辞苑.

神懸ると検索すると,ありました.
で,

神霊に乗り移られる.また,そう思えるような
常軌を逸した言動をする.

とあります.

ここにヒントがありますね.神霊です.

では,神霊とはなんでしょうか?

たましい.霊魂.神のみたま.神の霊徳.

だそうです(同じく広辞苑より).

なんか堂々巡りの気がしてきました.

結局,神ってなんなのさ.
というわけですよ.

しかし,よく考えてみましょう.
日本には神道があり,そこには
八百万の神様いるわけです.

きっとサッカーの神様がいても
おかしくはないのです.

日本的にいったら,蹴球の神様かしらん.
まあ,いいや.
この神様が川口に降臨したのです.

さて,このサッカーの神様.

サッカーが日本に入ってきたのは
いつのことか知らないけれども,
きっと新参者の神様に違いありません.

で,あれですよ.

こんな新参者を調子に乗らせるわけには
いかないというわけで,日本古来の
蹴鞠の神様も実は降臨していたのではないでしょうか.

では,誰に?

もちろん我が大日本帝国が誇るFW陣です.

だから,ゴール前では味方に思わず
パスを出してしまい,シュートも
キーパーに負担をかけないへなちょこ
もとい,絶妙な力加減のパスシュート.

蹴鞠の神様だから,きっとゴールという無機質なものに向けて
蹴るのは苦手なのです.人と人との和ですからね.
そりゃ,わざわざキーパー(正確にはキーパーの股間)を狙う
シュートを放つって話です.

これで,なっとくですね.
オーストラリア戦,クロアチア戦ともに
実のところ伝統ある比較的古株の蹴鞠の神様に
新参者のサッカーの神様の維持の張り合いともいえる
壮絶な活躍があったのです.

どうりで神懸ったプレーばかりな
わけですよ.

…そろそろ罰があたりそうなので
このへんで話を終えたいと思います.
桑原桑原.

投稿者 カズ : 00:09 | 雑記

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